2025年の2月22日に自身のインスタグラムで一般女性との電撃結婚発表をした佐々木朗希(ささきろうき)選手。若いにもかかわらず、2019年に千葉ロッテマリーンズにドラフト1位指名され、2022年から3年連続で開幕ローテーションを任され、2023年にはWBCでも活躍されました。2025年からはメジャーリーグのロサンゼルス・ロジャースとマイナー契約を結び、今後も期待が高まっています。
そんな佐々木選手ですが、実は父親を既に亡くされています。今回は佐々木選手の父親の死因と生前の人柄や職業を調べてみました。
佐々木朗希の父親は既に亡くなっている

佐々木朗希選手は岩手県陸前高田市出身の3人兄弟の次男で、もともと祖父母を合わせ7人家族でした。しかし2011年、佐々木選手が当時9歳の頃、東日本大震災が発生し、その津波で父の巧太さん(当時37歳)と祖父母を亡くし、家も流される被災を受けました。
父の巧太さんの遺体は震災発生の5日後に発見されましたが、死因ははっきりと明かされていません。考えらる死因として、溺死、不詳、焼死、窒息、頭部の損傷、外傷性ショック等が挙げられます。
一度に家族を3人も亡くし、深く辛い思いをされたと思います。それでも、心も体も病まず、前向き進めた佐々木選手の信念は尊敬に値します。
佐々木朗希の父親の職業は葬儀屋だった!
佐々木選手の父親、功太さんは地元の陸前高田市の葬具屋さんで、人情味のある仕事熱心な方だったと語られています。また、父親としても優しい人柄で、休みの日は佐々木選手の野球練習に付き合う良き父親として知られていました。
佐々木功太さん。もともと、陸前高田では知られた人だった。元気な3児の優しい父として。人生の節目に寄り添う仕事をする、人情あふれる働き者として。夏祭りでは町内会を率先して盛り上げる、太陽のような存在として。
引用元:日刊スポーツ
辛いことがあっても、逃げずに立ち向かう佐々木選手。日々の鍛錬が実を結び、夢のメジャーリーガーまであと一歩となりました。結婚も順調に決め、これからも試合・私生活ともに華々しい人生が待っていると思われます。
幼少期亡くされた父、功太さんの強く優しい思いは今でも息子の佐々木選手にしっかりと受け継がれているのではないかと思います。